072042 ランダム
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★☆自分の木の下☆★

★☆自分の木の下☆★

オリジナル小説・Black List 1.日常


*Black Listは、3人で作ったリレー小説です。
 順番:≪ララ(管理人)≫→≪イチ≫→≪千鶴≫
この作品の無断転載・無断配布は禁止とさせていただきます。





Black List ≪ブラック リスト≫ とは、
 超危険人物、最強最悪極悪なもっとも悪い犯罪の枠に一歩どころかずんずん進んでいきそうな、普通の一般市民には理解しがたい狂信の念を持った他人の迷惑をかえりみない自分の欲望に忠実な自己個人主義、いわゆる自己中心的な手におけない者達の事が詳しく記してある何とも恐ろしい帳面の事である。



                                                                          ≪ララ≫↓

 兵庫県立北花高校は、一学年約二百人、約六百人の生徒が毎日勉強をしに来る男女共学の学校である。
 白い壁に五階建ての建物が二つ、向かい合わせに並んでいて、校舎同士は渡り廊下で繋がっている。
 少し山の上に建っており車が少なく、空気が澄んでいて、屋上からの眺めが最高だ。校内には、花がいたるところに咲き誇り、ピンクや黄色など色とりどりの色彩が明るい雰囲気を出している。毎朝、園芸部は水やりに必死。今は、菜園に挑戦中である。

 五月の季節、校舎沿いには綺麗な桜が咲き、風に乗ってピンクの桜吹雪となって新一年生を迎えていた。
 一年生は大きめの制服と新しい学園生活への期待に胸を膨らませている。桜はもう散り尽すが。
 また、南校舎の一階、一番奥、家庭科部の窓周辺は、白い壁がうっすらと黒くなっていた。

 放課後ある生徒が来ると、何故か決まってモクモクと黒い煙が出ているのだ。何を作っても。しかし、出来上がりはものすごく綺麗な料理だと噂されている。ただしそれを、一度でも食べた人は、皆そろって「北花高校三大悪夢の一つだ……」とか、「悪夢だ……魔女が作り出した呪いの食べ物に違いない!」など、恐怖にかられた顔で呟く。何が入っているのかは、学校の七不思議行き決定だ。噂ではたまたま通りかかった雀が煙の間を通った途端、ポトリと地面に落ちたらしい。
 しかし、そんな煙もこの学校ではいつもの光景に変わりない。たとえ、さらに二つ横の部屋、写真部兼隠れアイドル同好会から、「萌え――!!」との、凄まじい叫びが聞こえてきても、至るところで喧嘩をしまくり一週間で窓を四枚以上も割り、病院送りが続出しようとも、学校中を和服で歩き回る男がいようとも生徒は慣れたもので素通りだ。
 怖いもの見たさの野次馬も多いが。一年生は噂通りの光景を目に興奮するばかりだ。

 少し、いや、かなり外とは変わったこの学校には、ちょっとした有名な生徒が六人いた。というか、変わっているのはこの六人だけで、後は大体いたってまともな普通の生徒と言っていいだろう。
 有名といっても、別に頭脳や部活が全国ランクとかそういうものではない。違う意味では全国ランクかもしれないが……。
 とにかく一人一人のキャラが濃い。異様に濃い。校内の者は、一人としてその存在を知らない人はいないだろう。しかも六人とも二年連続同じクラスとあって、お騒がせ度二百%UPだ。
 一年の時の担任は、あまりの苦を嘆きながら現実逃避となり、今の二年E組の担任は、既にノイローゼ気味だ。また慰めるのも六人グループの一人となっている。彼女の手駒候補は多い……。


                                 


「ん……」
 二年E組の教室内、窓側の席で、一人の女子生徒が眠っていた。
 空けはなれた窓からは、白いカーテンを揺らして朝のすがすがしい風が入ってきている。机にうつ伏せ状態で寝ていた女の子のまつげが揺れる。耳にかけていた綺麗な黒髪が、風に吹かれて肩へと落ちていった。
 頭を乗せている、組まれた腕の下には、閉じた状態のノートパソコンが置いてある。
 そんな彼女を後ろの席で、眺めている男がいた。つい十分前に教室へと入ってきて、寝ている彼女を見つけると珍しそうに眺めていた。
「鈴菜さん、起きて下さい……もう七時半ですよ」
 肩を揺らす。この学校の登校時間は八時半だ。部活の朝練の人たちがちらほら登校してくるだけで、人は少ない。二年E組の教室で登校してきているのは、まだこの二人だけだった。
「んん………」
 安眠を邪魔されて苛立ちそうに、手を避ける。十秒ほど待っても、ピクリともしないので諦めかけたその時、いきなりガバッと頭を上げた。
「ジロー…? もうこんな時間……もしかして……寝顔を見たりしてないよね」
「今来たところですよ」
 ピカリと鈴菜の目が厳しくなる。それを、いつもののほほん笑顔で返すジロー事、林 浩也(はやし ひろや)。
 古風一点張りで、浩也と言う名前が気に入らないので、勝手に名前をジローさんに置き換えている程だ。
 長い亜麻色の髪を後ろで一つにまとめ、薄い色素の目を細め、いつもにこにこと笑顔を振りまいている。それだけなら女の子にキャーキャー言われて、いつも囲まれてそうな雰囲気だが、着る服に少し……いや、だいぶ問題在りだ。そう、この日本風大好き人間は、学校に何てことか和服を着てくるのだ。家がそういう柄な事もあり、普段が和服なのだが、そこら変を歩くのと、学校を和服で歩き回るのとはわけが違う。おかげで女の子はラブな目から異質なものを見る、好奇心な目と変わってしまっている。まぁ、亜麻色の髪に合う、渋緑の和服などを着て、何気にオシャレだが。
 対する鈴菜こと、黒沢 鈴菜(くろさわ すずな)は、毒舌と有名な一味二味癖のある女の子だ。頭がよく、生徒会もしており、何事もパソコン一つで調べ上げ、解決してしまう。クールな性格で、逆らえる人はなかなかいない。時々その唇から発せられるとっても厳しいお言葉は、その人の心を刺して刺して刺しまくり最後にえぐり出す。
 のほほん笑顔とクールな無表情。一見正反対で関係なさそうだが、お茶仲間として有名な二人組みである。
「調べ物をしに、朝早くからきていたけど、終わった途端寝てしまったみたい……」
 鈴菜は伸びをして、欠伸をした。
 その間にも浩也は机の下からポットや急須、緑茶用の湯飲みを二人分取り出し、机の上に広げていく。湯飲みにお湯を注ぎ込み、約八十度まで温度を冷ます。懐から大事そうにお茶の葉を出し、急須に入れた。湯飲みのお湯を急須に移し、約一分程茶葉が開くまで待つ。細かい所まで完璧だ。その間、顔は実に嬉しである。
 鈴菜はそんな浩也を眺めながら自分もカバンを開けてメロンパンを取り出した。彼女の大好物はメロンパン。密かに口元が嬉しげだ。と言っても、常人の人が見てもいつもと変わらないほど微妙にだが。
「どうぞ」
「ん、ありがと」
 浩也が差し出したお茶を受け取る。高級そうな緑茶がなみなみと注がれていた。浩也こだわりのお茶だ、不味いはずがない。
 二人は特に話をするまでもなく、のんびりとお茶を飲み、鈴菜はメロンパンにかぶりつく。時々ぽつぽつと話すが、「今日は天気がいい」とか「家で花の蕾がやっと咲いた」など、別にどうでもいい近所話だ。大体は二人してゆっくりとした空気を味わって、はたから見たら既に老後生活、襖越しにお茶気分、という感じだ。
「あ、椿がきたわ……」
 既にメロンパンは食べ終わり、ちらほら見え出した生徒を気にすることも無く二杯目のお茶をすすっていた頃、鈴菜がふっと顔を上げ、ドアの方に手を振る。 浩也も湯飲みを置き、笑顔で手を振った。
「おはよ~」
 鈴菜と浩也の方に歩いてくる女の子。一言で説明すれば、小さくてかわいいもの、だ。
 長い茶褐色の髪をフワフワさせ、大きい目にピンクの頬が何ともかわいい。鈴菜はどっちかって言うと鋭利な美人系だが、こちらは小動物系。身長が小さく、クラスでも背の順で並んだら間違いなく、一番前だろう。本人は気にしているので、何cmか教えてくれないが、見たところ間違いなく百五十無いと見る。名前は如月 椿(きさらぎ つばき)と言うが、「姫」と呼ぶ人もいる。
 性格は明るく、学校一お騒がせ&うるさい女NO1と親友の仲だったりする。何ともほんわかする見た目だが、裏の性格を知っている極少数の人たちは、姫と言うより裏暗黒姫だろう……と思っていたりする。部活は家庭部で、謎の煙を作り出す張本人だ。
 姫様こと、椿は、浩也の横に座った。鈴菜の斜め後ろ、浩也の横が彼女の席だ。
「さっき、学校前で優ちゃんが「萌えぇぇ~!」とか「運命の出会いだー!」とか叫びながらカメラ片手に、走り去って行っちゃったよ~。あれはもう学校の事など頭にないね~、きっと昼頃に登校してくるんじゃない? 行き過ぎて警察に通報されちゃったりしてなきゃいいんだけど……」
 椿は相手が男でもちゃん扱いだ。それを聞いた鈴菜はわざとらしく盛大なため息を付く。
「また? あの男…また美人で綺麗なお姉さんでも見つけたんでしょう? そんだけ興奮してたらきっと後をつけて行ったに違いないわ。いっそ一回でも捕まっちゃった方が学んでくれていいんじゃない?」
 辛口女鈴菜。今日も絶好調だ。それに対して浩也は「それは駄目ですよ」と、一人心配そうな顔をした。
 浩也が椿の分のお茶も用意する。彼の机の下に置いてある、お茶セットの湯のみの数は不明だ。足りなかった試しがない。
「それより、茜は今日も遅刻?」
 鈴菜がパソコンを開きながら椿に聞く。茜とは、椿と幼稚園、小学校、中学、高校と同じの幼馴染の名前だ。親友でもある。
「うん、茜ちゃんの家に行ってみたけど、例のごとくまだまだだったよ~。多分遅刻ギリギリに来るんじゃないかな」
「遅刻癖が付いてますね~」
 ズズッとお茶を啜りながら浩也が呟く。それに対して鈴菜はまったくだわ、とばかり肩を竦めた。それでも手はせわしなくパソコンを打っているが。いつもパソコンをいじっているので、使いながら話すことは得意だ。
「茜ちゃんはチャイムと同時に入ってくるとして、総ちゃんはどうかなぁ? 今日は二人して喧嘩しながら入ってくるかもね、今日は朝から楽しそうな事が起きそうな予感~」
 にっこり天使の笑顔の椿。
「総司? そういえば遅いわね……まったく、アイツも遅刻回数多いってのに……私には楽しそうっていうよりも恐怖だわ………」
 生徒会としてほっとけないのだろう、鈴菜がほんの少し眉を潜める。ほんの少しが普通の人では貧乏ゆすりをする程いらだっているのが鈴菜だ。
 三人ともチラリと時計を見る。もうチャイムの一分前。
 またお茶を啜り、カタリと湯飲みを置く浩也。急須など、お茶セットを机の下へと終い出す。洗うのは後でだ、もうすぐあの二人が来る。
「椿さん湯飲み…………」
 お茶を飲み終わった椿から湯飲みを受け取ろうとしたその時、ものすごい怒声が聞こえてきた。二人分である。ぎゃーぎゃーと言い争う、うるさい声は二年E組へとどんどん近づいてきていた。




「かー! 朝から超不愉快な顔を見てしまった! サイテー!!」
「んだと!? それはこっちの言葉だ、この単細胞女!」
「なんですってー!! もう! 何でわざわざこんな捻くれあれくれ男と校門でかち合わせなきゃいけないわけ! 待ち伏せてたんじゃないの~、キモイー!! イヤー! 先生助けてくださ~い! 下半身男がストーカー行為を~! 襲われるー!」
「誰がテメェみたいな奴襲うか!! 俺様は乞食女を襲う程暇じゃねぇんだよ!! 今すぐ北極にでも行って、その馬鹿な被害妄想の頭を冷やしてこい!」
「そんな金無いわよ!」
 すっぱりと言い切った女、青桐 茜(あおぎり あかね)は、今にも噛み付きそうな顔で横を歩く男に蹴りを入れるが、かわされる。
 染めきった栗色の髪を振り乱して怒っている。大人しくしていたら美人? なのに、これだ。もてた経験は少ない。毎日いろんな所で騒ぎを起こし、彼女を探すなら、騒がしいところへ……。と言われている程だ。実際に本当のことだが。一人暮らしをしていて、お金は年中ピンチ状態。
 対すること、蹴りをかわし、すぐさま反撃を繰り返す男、篤川 総司(とくがわ そうじ)は、黒に近いこげ茶色の髪をした、喧嘩大好き、目を離したら女に手をつけている(茜以外)遊び好きな男だ。実際かなりもてているので、男達にはいつも嫉妬され、争いごとへと発展する。しかし、喧嘩も慣れたもので、かなり強い総司は、男には容赦ない。彼が歩いた先には屍が転がっている、と言い表されている。
 反撃の手、茜のおでこへの平手は綺麗に決まった。ぺしいぃんっと、いい音が響く。
「くあぁぁ! いったぁ~!」
 学校中に轟く怒声を発して総司と茜は、我先にとズンズン廊下を進んでいた。茜は額を押さえ、涙目にながらも眼球に炎をちらつけ、食ってやるとばかり歯軋りしながら早足で歩く。顔がものすごく怖い。総司はうまい具合に攻撃が決まり、弱い相手へ見下したように笑い、大股で歩く。通りがけの生徒は道を空け、関わらないよう必死。
 E組の教室へ辿り着くと、二人してバーンッと大きな音を立て、扉を開けた。
「椿~! 信じられない! この男どうにかして! 失礼すぎ!!」
 ドカドカ歩いてきて、椿の前の席にドンッと座る。隣の鈴菜がスッと密かに席を離した。大事なパソコンを壊されたら困る。
「失礼なのはお前だって言ってんだろが! ――あ、姫。おはよ」
 ガンッと茜の机を一発蹴ってからその横に座る。そしてすぐさま左斜め後ろを向き、椿に朝の挨拶。総司は何故か椿だけ姫扱いをする。
「何すんのよっ!」
 机にグラッと振動が走り、茜はカッと怒りに目を大きくした。瞬時にキョロキョロと回りにいい武器が無いか探し、椿が持っているものに目を留める。
「あっ……それ自分の湯飲み―……」
「ジロー、諦めなさい」
 前のりになる浩也の肩を抑えた鈴菜に諦めの表情をされ、うう……と嘆く浩也の悲しそうな声はもちろん茜には聞こえていない。茜は、バッと椿から湯飲みを取ると「くらえー!」っとばかり、憎き天敵総司へとおもいっきり投げつけた。
 ヒューンと飛ぶ茶色い高価な湯飲み。
 総司はものすごいスピードで飛んでくるそれを、ヒョイッと軽々かわした。
 回りからは「おお!」と驚きの声。
「おーい、始めるぞー……ぐはっ!!」
 目標をなくしたそれは、E組担任、四月から一ヶ月で三キロは体重が減った、可哀想な男のおでこに衝突し、床に落ちて砕けた。


「……私の予想当たってたね」
 シーンと静まりかえった教室で、椿が白目をむいた担任を同情の目で覗き込みながらポツリと言う。
「しまった……また鬼、学年主任のゴリラに怒られる……!!」
「ああー……大切な湯のみが………」
 打ちひしがれる茜と浩也。茜は床にペタンと座り込み、浩也は頭を抱えた。この時ばかりは笑顔も消え失せる。そんな様子を見て、ニヤリと笑う総司。鈴菜は溜息を付くと、またパソコン作業へと戻った。

 二年E組、ブラックリスト達の日常生活である。
                                                                                                          ≪ララ≫↑
                                                                                                                                            ≪イチ≫↓
「さて、明日からゴールデンウィークだが、くれぐれも危ない事や問題なんか起こすなよ。特に篤が……」
「あぁ?」
 頭から血を滴らせながら担任が言い終える前に総司は一睨みする。無言の威圧。目がモノを語っている。要約すると”何だテメェ……俺様に文句あんのか? 後でオモテ出ろや……”である。この時、Black List達以外のE組の生徒は担任に同情しただろう。
「わ……は、別として青桐! お前後で職員室来い。昨日も食い逃げしただろ!」
 これ以上、総司に関わると危険と判断した学習能力のある担任、梅谷 幸生(うめたに こうせい)通称、梅ちゃん。二六歳、独身。現在、可愛い彼女 又は、奥さん募集中は、そのまま話の矛先を茜に向ける。E組一同(茜以外)素晴らしい学習能力だと心の中で担任に拍手を贈る。
 一方、急に話を振られた茜は素っ頓狂な声を上げて抗議する。
「え゛ぇ゛っ?! あたし? あたしだけ?! 此奴も喧嘩したじゃない! 何であたし?! 横暴、差べつ! じんけんもんだい!! チキュウオンダンカッ!!!」
 思いつく限りの罵詈雑言を吐きながら席を立ち総司を指さして茜は言う。
「茜ちゃん……。言葉の意味、分かってないね……絶対」
「横暴と差別は分かりますけど、人権問題と地球温暖化っていうのは……」
 そんな茜の言葉に小さくだが確実に突っこむ椿とジロー。その2人に更に茜の左隣りからツッコミが入る。
「あの子……言語不順だから……」
「「あぁ~………………」」
 容赦ない鈴菜の的を射た一言に関心するE組一同。こういう所は気が合うというか、通じる所があるというか……。そんな周りに担任は感心する暇があるなら此奴らをなんとかしてくれと切実に願った。
「流っ石は赤点女王。フツーの人間と言う事が違うねぇ……。人権問題? へぇ~、オマエに人権なんてあったんだ。ミジンコ以下のクセして。ィャ、プランクトン以下か?」
 わざわざ立ち上がって茜を見下ろす総司。もの凄い威圧のオーラを出している。「うぐぐ………」
 当然、流石の茜もこの威圧感には耐えられないらしい。ジリジリと無意識に後ずさる。E組の生徒も例外ではなく既に安全圏に非難している。
「あ~ぁ、総ちゃん楽しそう」
「………また学年主任に怒られる」
 呆れながら言う椿に担任はキリキリ痛む胃を押さえて嘆く。そんな担任に鈴菜は肩に手をおいて一言呟いた。
「ご愁傷様」
 その言葉は見事に担任の胃にキタらしく担任は腹を抱えながら背を丸めて「保健室行ってくる……」と呟くと教室を出て行った。
「あ~ぁ、梅ちゃん。リョウちゃんのトコ行っちゃった」
 茜と総司が遠くの方で言い合ってるのを余所に、椿はため息と共に呟いた。
「梅谷先生、綾さんにLOVEらしいわよ」
「えぇ?! 綾さんが男だって気づいてないんですか? 梅ちゃん先生……」
 鈴菜の爆弾発言に浩也は驚く。すると鈴菜は黙って胸ポケットから写真らしきモノを数枚取り出した。
「見る? 証拠」
 浩也はそれを受け取って眺める。成る程……、梅ちゃんの顔がいつもより輝いて綾さんを見つめている。
「あれ? そういや、今日の一限目って確か……」
 椿が最後まで言い終える前に、茜の怒声がその言葉をかき消した。
「もーォ、怒った! 殺る!! 今日こそ殺る! 今日こそアンタを殺って、あたしの平和を手に入れてやるっ!!」
 憤りながら茜は何か、投げれて尚かつ総司にダメージを加えさせることが出来るモノを探す。
「殺れるもんなら殺ってみな。オマエが俺を殺るより早く、俺がオマエを殺るけどな!!」    
総司の馬鹿にした言葉に茜は完全に呑まれた。近くにあった机を掴むと、総司目掛けて勢いよく投げた。
「かぁ~くごぉ~!!」
 コレでアンタも終わりよ! とでも言いたげな笑顔の先には、茜の投げた机が接近中にも関わらず狼狽えることなく その場で欠伸をしている総司がいる。 余裕かましまくりである。なんとも憎らしい。あと数秒で机がぶつかるという寸前で総司は急に身体を横にずらした。
「「「あ………………」」」
 鈴菜、椿、浩也の声が綺麗に重なる。
「あ゛っ?!」
 茜の濁音混じりの声に総司は ほくそ笑みながら机の行く先を見つめた。
グワシャ~ンッ!!! とガラスが割れた音がした。大当たり~☆ 教室の窓に見事に命中。
「あ゛ーっ!!」
 茜の絶叫が響き渡る。
「来るね」
「来るわね」
「来ますね」
 三人の呆れた声に茜は真っ青になる。
「どどどどうしよう?!」
 思いっきり狼狽える茜を置いて総司は形だけの鞄を掴むと、教室の窓に足を掛けた。
「じゃ、俺、退散するわ」
 そう言うや否や総司は飛び降りる。因みに、さっき冒頭にもあった通り、E組は三階にある。普通の人なら、まず間違いなく死ぬハズだ。
「ずずずずるいずるいっ! あああああたしも~!!」
 そう言うと茜は窓から飛び降りた。というか、落ちたというか……。綺麗に着地した総司とは裏腹に茜は植木に落ちた。これがコンクリートの上だったら、いくら茜でも、あの世にご招待されてただろう。
茜が飛び………落ちた時、北校舎の遠くの方からデカイ足音がE組に近づいていた。
「まぁーた、お前等かぁっ! 青桐、篤川! 今日という今日は逃がさんぞ!!」
 バーンッと勢いよくドアが開くと同時に、学年主任の声がE組に響き渡る。が、学年主任の目当ての人物達の姿は其処にはなく、代わりに綺麗に割られた窓ガラスの破片が床に散らばっていた。
「何だ? 青桐と篤川は何処に……」
「逃げました」
 学年主任が言い終える前にサラリと鈴菜が窓を指さしながら答えた。恐らく、これ以上面倒に会いたくないらしい……。自分の為に友を売る女、鈴菜。彼女のさりげない毒舌に傷つかない人間はいないだろう。
「コラァー! お前等ぁ戻ってこんかぁー!!」
 窓にしがみついて遙か遠くの方へ逃げている茜たちの背中に向かって怒鳴った言葉は学校中に響き渡ったのだった。




 それから数分後、頭にデカイたんこぶを作って茜と総司は教室に戻ってきた。
「お帰り~、二人とも~」
 不機嫌な顔でお互いの顔を見ようとしない二人に椿は言った。
「アラアラ、こってりやられたようね」
 まるで自分には関係ないという風に言う鈴菜に茜は恨みがましい声を上げる。
「鈴菜が私達の居場所をゴリに言わなかったら頭にタンコブなんて付かなかったわよ!」
 そんな茜を上からジトッと冷たく見下ろしながら総司は呟く。
「鈴菜が言おうと言おうまいとオマエが彼処で俺についてこなけりゃ俺はこんな目に遭わなくて済んだ」
「う゛っ……」
 総司の言葉に茜は苦虫を噛み潰したように顔を歪ます。
「全く……。毎日毎日厭きないですね~」
 浩也の言葉に総司も茜もムッツリと黙っている。そんな二人を見ながら椿は苦笑混じりに言った。
「茜ちゃんと総ちゃんだから………」
 その台詞に浩也と鈴菜は納得といった感じで頷く。
「「ナルホド」」
「納得すんじゃねぇっ!」
「納得しないでよっ!」
 殆ど同時に怒鳴った。
「わぁ、ピッタリ」
 嬉しそうな椿の言葉に思わず二人は顔を見合わせて唸る。
「最悪だ……。こんな最低下半身ケダモノ男とハモるなんて………」
 頭を抱えながら言う茜に対し、総司は椿を後ろから抱き抱える様にして言い返す。
「それはこっちの台詞だ、脳味噌ニワトリ以下。そんな事ほざいてる暇があんなら、その一向に皺がつかない脳味噌に単語の一つでも刻みつけるか、えぐれきった胸なんとかしとけ」
 総司の言葉は茜のコンプレックスに確実に突いた。茜、七十八のダメージ。総司はレベルが上がった。チャラッチャチャーン♪
「ぐっ……。よっ余計なお世話よ!! ってか、エグれてないもん! かろうじて!! ちょっとぐらいあるわよっ!」
「茜………フォローになってないわよ、ソレ。むしろ余計に虚しさ感を誘うわ」
 茜の必死の反論になってない言葉に鈴菜は欠かさずツッコミを入れる。
 そのツッコミにハッと気付いた茜は総司の方を見た。案の定、茜の視線の先には嬉しそうに顔をにやけさせている総司がいた。
「ふ~ん。かろうじて………ねぇ~」
 そんな嬉しそうに呟く総司の顔を見て茜は自分の失言を悔やみながら喚いた。
「か―――っ!! むーかーつーくぅーっっっ!!!!」
 これが恐竜なら口から炎でも出しそうな勢いである。まぁ茜なら出来なくもなさそうだが……。
「むかついてるトコ、なんだがな……青桐」
 不意に、背後から怒りを堪えたような声に茜は話しかけられた。
「あ゛ぁ?!」
 何だよ! 今超絶にあたしゃ機嫌が悪いのよ、邪魔すんじゃないわよ! というオーラを存分に吐き出しながら茜は声のした方を振り返る。と、其処には一限目担当の数学教師が顔をピクピクさせながら教卓に立ち、此方を見ていた。
「もう授業は始まってるんだが………」
「………あ」
 気が付けば茜以外、全員席に着いて授業の準備を済ませている。
 無論、他のBlack List達も………。
「青桐、放課後 居残り決定」
「嘘ーんっ?!」
 先生の容赦ない決定事項に茜は叫び、項垂れた。そんな茜を無視して先生は出欠をとる。
「休みは、深見だけか?」
 先生の確認の言葉に椿は、優は遅刻のハズだと言おうとする。が、それよりも早く教室のドアが開き、問題の優雅が入ってきた。
「おはようございます~。いや~、今日も登校途中に萌えっこを発見して後を憑けていったら隣町の隣町の外れまで行っちゃってぇ。女の子なのに良くこんなに体力あるなぁ~と不審に思ってちょっと顔を盗み見たらその人、実は男だったんですよ~。んで、よくよく聞いてみるとその人、隣町の隣町の外れでおかまバーのママさんやってる人で、何でも毎朝呑んでる牛乳が切れたから買いに来たんですって。ヲイヲイ、そんなもん近くのコンビニやらスーパーで買えよと思ったんですが、実はですね………なんと」
 教室に入るなりマシンガントークをしだした優雅に先生ともどもE組の生徒はあっけにとられた。Black List達を除いて。
 そんな教室の状況も顧みず尚も優雅は喋る喋る………。タジタジになっている先生を見かねて鈴菜が優雅に声を掛ける。
「優雅……。もう授業始まってるわよ………」
 鈴菜の言葉に優雅のマシンガントークが途切れた。
「あぁ! 鈴菜しゃんおはよう☆」
 鈴菜の言葉も気にしていない優雅の挨拶に脱力感を感じつつ、挨拶を返す。
「はいはい、おはよう優雅。いいからさっさと授業の準備しなさい」
 言われて席に着いた優雅に椿は笑顔で朝の挨拶をする。
「おはよう優ちゃん。今日も絶好調だね☆★」
「いいな~優雅。遅刻してきたクセにお咎め無し。ずる~い!」
 後ろを振り返って茜は文句を言った。半分、八つ当たりのようなものだ。そんな茜に隣の席の総司は頭に手を当てて馬鹿にしたように言った。
「赤点女王とは此処の出来が違うんだろ」
「何ですってー!!!?」
 総司の言葉に茜は思わず席を立って怒る。再び総司VS茜の仁義なき戦いが始まるかとE組全員が胸中で嘆いた。
あぁ……また授業が他のクラスより遅れる…!! と。しかし、その嘆きは調子を取り戻した数学教師によって阻まれた。
「青桐ィ!!」
「ハァーイ; おとなしくしま~す」
 教師の地を這うようなおどろおどろしい声に刃向かう勇気は茜には持ち合わせていなかった。
                                                                                                          ≪イチ≫↑

                                 ●                           
                                                                                                          ≪千鶴≫↓
 一限目の授業は数学。学年主任、ゴリが体育系ならば、数学を担当するこの先生は文化系の学年主任。名前を細川 冷治(ほそかわ れいじ)という。ゴリのようにあだ名を付けるのならばキツネ。学年主任同士仲が良く、その関係はBlack List達曰く、某アニメ『ドラ○もん』のジャイ○ンとスネ○だ。この数学だけは大人しく……と、茜は静かに受けていた。
「ねぇねぇ、茜ちゃん」
 ツンツンと背中を突いたのは、後ろに座っていた椿。授業中ともあって小声だ。茜は教科書を持ち、口元を隠しながら、さり気なく後ろを向く。
「ん? 何、どうしたの椿……?」
 すると椿は可愛らしく笑い、茜の耳元でコソッと言う。
「お弁当、持ってきた? 遅刻ギリギリだったでしょ?」
「へっ? お弁当……あ゛~っ!! 忘れたぁぁぁぁぁっ!!!」
 茜はしばらく考えた後、ハッとなり、大声で叫ぶ。授業中にもかかわらず……だ。突然の大声にクラスの全員の視線が茜へと集まる。
そんな行動を見逃さない細川。眼鏡を人差し指で上げ、細川は茜を睨む。
「青桐、何を授業中に叫んでいる……?」
「あっ……。スミマセン……何でもないデス」
 細川に睨まれた茜は気まずそうに俯く。先程、静かにしようと決めていたのにコレだ。細川は茜が大人しくなったのを見て、授業を再開した。
茜はくぅ~っ唇を噛み締める。それを隣で見ていた総司はニッと笑う。
「バーカ」
 総司の発言に茜の肩はピクッと動く。普段ならすぐに言い返すのだが、今は違った。細川にこれ以上お説教をくらいたくないのだ。何とか我慢しようと茜は聞かぬふりをして、教科書を見る。が、総司は何かを考えた後、再びニッと笑った。この笑みは何かを企んでいるときの顔だ。
「単純」
 ピクピクッと茜の肩が動く。いくら違うことに集中しても、悪口は耳に届いてしまう。そんな反応を楽しむように総司は続けた。
「間抜け、ドジ、お調子者、脳天気………」
 次第に反応は大きくなっていく。拳をギュッと握り締めて何とか冷静を装う。が、茜の怒りゲージが上がって上がって………。
「ペチャパイ女、貧乳、えぐれ胸………」
「くぁぁぁぁぁ~っ!! いい加減にしなさいよっ! 人が黙って聞いてりゃぁ~好き勝手に言ってくれちゃってぇ~! し・か・も! 最後の三つ、ペチャパイ女、貧乳、えぐれ胸は同じ意味でしょうがぁっ!!!」
 キレた。またしても茜のコンプレックスを貫く。怒りゲージは遂にMAXになったのだ。
 立ち上がり、キッと総司を睨む。そんな光景にクラスは再び静まり返った。怒りが治まらない茜だったが、その雰囲気にヤバイッ! と感じる。首をギギギッとぎこちなく動かし、黒板を見る。その視線の先には数学担当、学年主任の細川先生細川先生♪
「青桐、お前……」
「スミマセン、ごめんなさい、もうしません。静かにしてますっ!!!」
 明らかに怒っている細川を見て、茜は先に出来る限り謝った。手を目の前で重ね、必死だ。細川は顔を顰め、鼻でフンッと笑うと何も言わず首で座れ、と合図した。茜はホッと息を吐くとゆっくりイスに座る。
「よかったぁ。茜ちゃん、お弁当、忘れたんだね♪」
 さっきの騒ぎを何とも思っていないのか、楽しそうな椿の声。瞬間、茜の背筋がゾクッとし、何とも言えない冷や汗が体全体に流れてきた。
「ちょっと待って……。あたし、嫌~な予感が………」
「茜ちゃんのお弁当ね、作ってきたの」
 茜の言葉を遮り、椿は楽しそうに言った。椿の声は決して大きいものではなかったのだが、その言葉はクラス全員の耳に届いていた。聞こえていないのは細川ただ一人だけ。皆、凍り付いていた。
「椿ちゃん、それは茜だけだよね?」
 椿の隣で『激! モエ』という雑誌を開いていた優雅も冷や汗混じりに問いかけた。深見 優雅(ふかみ ゆうや)、琥珀色の髪をした健全な男の子。Black Listの最後の一人で保健医をしている綾の弟。いつもカメラを首に掛けており、口癖は『萌えぇぇ~』。綺麗なお姉さんなどを見かけると、ついつい後を付けて行ってしまう、それが優雅。冒頭でもあった、写真部兼隠れアイドル同好会の部長でもある。
「えっ? うん、お弁当はね!」
 笑いながら答える椿。その言葉に不審をもったのは浩也と鈴菜。この二人も手を止め、椿を見る。その顔には嫌な汗が流れている。
「お弁当は……ってことは……」
「椿、みんなには何を作ったの?」
「みんなには、久しぶりにクッキーを作ったの」
 椿による天使の微笑み。その笑顔を見れば、例え裏があったとしても、誰も断ることは出来ない。優雅、浩也、鈴菜の三人が引きつった笑みを浮かべている中、未だに固まったままの茜に総司は言った。
「オイ、茜。お前、ちゃんと姫の弁当食ってやれよ?」
「なっ?! ちょっと! 椿の作った料理は見かけが良くても味はヤバイのよっ!! あたしは幼稚園、小学校、中学校、高校とずーっと一緒にいたから、それが嫌と言うほど分かってんのっ! そりゃ、美味しいときもあったけど、それは本当に稀! 二十回に一度の確率なんだからねっ!!」
 茜は勢いづき、言うがあくまでも小声だ。椿、本人に聞こえていたらシャレになったもんじゃない。幼い頃、椿の作った料理を食べ、ついマズイと言ってしまった日……。その日、椿は言葉では言い表せられない程の荒れようだった。このBlack Listの中で、怒らせたら一番怖いのは間違いなく椿なのだ。
「姫とは親友だろうがっ……。ったく、まぁ俺は食べてやるケドな……」
「アンタ……いくら椿がお気に入りだからってねぇ~。あの殺人的な料理……。あたしには耐えられない……全部食べてしまったら確実に死ぬっ!!」
「一回ぐらい死んだ方がその五月蠅い性格、治るんじゃねぇのか……?」
 ニヤニヤと馬鹿にしたように笑う総司に茜は再び怒りMAXになった。プチンッと何かが切れる音がする。
「それじゃぁ、この問題を……」
「キーッ、許さん! 絶対に許さんっ! あたしを毎度毎度、侮辱してぇぇ!!」
 ガタンと思いっきり立ち上がり、茜は総司にビシッ指を差した。それから次の行動=何かを投げつけようと辺りを見回したとき、細川と視線が合ってしまった。細川の額には言わなくても分かるような、完璧な怒りマーク。
「そうか青桐、お前この問題がそんなに解きたいんだな………」
「えっ! いやっ! 違い……」
「前に出て解いてみろっ!!」
「うえ゛っ?!」
 そんなこと言われても、授業を聞いていなかった茜にはさっぱり分からない。それどころか、今、どの問題をやっているのかも見当がつかない。思いっきり狼狽えている茜に向かって総司は鼻で笑う。
「アーホ」
「ムカツクッ!!」
 茜が噛み付くように歯をガチガチ言わせていると、細川が怒鳴った。
「青桐ぃっ!」
 その声にビクッとし、茜は教科書を持ち、前に書かれている問題と見比べて見るが、サッパリ分からん。
「う゛ぅ゛~、鈴菜、教えてっ!」
「イヤ」
 即答とはこういうことを言うのだろう。茜が鈴菜を見た瞬間に、鈴菜は言った。あまりにも冷たい態度に茜は涙目で叫ぶ。
「ど~して~? 鈴菜の頭ならこんな問題ちょちょいのちょい♪ でしょ!」
「自分の力でやりなさいよ」
「無理っ!」
 今度は茜が即答する。自分でも分かっているのだ。この問題は自分の頭では解けないということが。だが、鈴菜は首を縦に振らなかった。
「茜に教えても私が得することなんてないもの……」
「くぅ~……ジロー教えてっ!」
 鈴菜が無理と分かると、今度は浩也を見る。その視線はキラキラと輝き、子犬のような目をしている。のほほんな浩也なら絶対に断らないと思ったのだ。   
それを聞いた浩也はうーんとしばらく考えた後、ニッコリ笑顔で言った。
「そうですねぇ~……嫌です」
「?! 何でっ?」
 思いもよらなかった浩也の言葉に茜は驚いた。ガーンと岩が頭に落ちてくる。
「茜さん、今朝も自分の湯飲み割りましたからね………」
「あ゛……」
「何度目ですか? 自分の湯飲みを割ったのは……? これでも怒ってるんですからね」
 笑いながらも言う浩也の言葉は、どことなくトゲトゲしさを感じた。茜は本能的に、これ以上浩也に言っても無駄だと理解した。
鈴菜も駄目、浩也も駄目、総司に教えてもらうなんてもっての他! なので、優雅に期待した。
「優雅っ! アンタは教えてくれるよね?」
「ん~、教えてもいいんだけど~」
 優雅の答えに茜の顔はパッと明るくなる。これで助かった! とばかりの安心した顔だ。だが、その言葉には続きがあった。
「僕には解けないね。ってゆーよりも、分かんない」
「マジで……?」
「マジで♪」
 優雅はゴメンねーと言ったが、茜には聞こえていないようだった。最後の望みも打ち砕かれたのだ。ガックリと肩を落とす。このまま分からないと言ってしまおうか? しかし、言ってしまえば放課後の居残り+プリント三昧になってしまう。茜がどうしようか迷っていると、椿がツンツンと突いた。
「茜ちゃん、私 分かるよ。その問題」
 その言葉に反応し、茜はすぐに椿を見た。その顔は驚きの表情だ。
「えっ、嘘っ?! いつも赤点ギリギリの椿が分かるの?!」
 さりげに酷いことを言う茜。そう、椿は、テストでは赤点ギリギリ。自分が分からない問題は椿も分からないと茜は勝手に決めつけていた。
「うん、分かるよ。ホラ♪」
 椿はノートを開いて見せる。そこには茜が求めていた問題の答えがちゃんと書いてあった。それを見た瞬間、茜の顔はまた明るくなった。
「お願い~、教えてっ! あたし達、親友だよねっ?」
「いいよ。当たり前じゃない」
「ヤッタァー!」
 これでキツネに怒られずに済む、と茜は笑顔で小さくガッツポーズをする。
「ただし……」
「ふぇっ?」
 ただし…? その言葉に茜は首を傾げる。椿は可愛らしく笑うと続けた。
「お弁当、ちゃんと食べてね?」
「えっ、あっ、うっ………」
 何て言おうか迷っていると、細川の怒鳴り声が響いた。
「早くしろっ! 青桐っ!」
 放課後の居残り+プリント三昧か、死の恐怖が待つ椿のお弁当か………。茜、究極の選択。だが、この場を去るには方法は一つしかない。茜は決意を固めた。それに、椿を怒らしたらどうなるか分からない。
「食ベマス……」
 茜は椿に向かってそう言った。ガックリと肩を落とし、引きつった笑顔になる。しかし、椿は茜の言葉に満足したのか最上級の笑みを浮かべていた。何も知らない男子生徒なら絶対に一目惚れをしそうな笑顔で…。茜はこんな親友を持ったことに少し後悔するのであった。





 そして、やって来てしまった恐怖の昼休み。あれから茜はどの授業も身に付かず、上の空だった。時間が迫る度、担任のように胃を押さえる始末だ。
「はい、お弁当♪ どうぞ」
 ドーンと置かれた椿のお手製お弁当。可愛らしい包みを開ければそこにはプロ顔負けの綺麗な料理の数々。彩りも良く、本当に見た目だけは美味しそうだ。
このまま逃げてしまいたい気分。無論、そんなこと出来るハズはない。茜はお箸で綺麗に巻かれた卵焼きを掴む。その手はどことなく、震えていた。みんなの視線が茜に集まる。茜が椿を見ると、彼女は期待して待っていた。期待とは勿論、美味しい、と言われることだ。
 茜は一度、鈴菜達に助けを求めるような視線を送ったが、みんな交わされてしまった。関わりたくないのだろう。呼吸を整え、茜はゴクッと唾を飲み込むと意を決して食べた。その瞬間、周りからは、おぉっと歓声が上がる。何回か噛むにつれ、茜は味が口の中に広がってくるのを感じた。そして………。
ドサッとイスから落ち、その場に倒れてしまった。その口からは白い煙が出、白目をむいている。それを見た瞬間、クラスのみんなはざわめき出した。このときばかりは、Black List達も冷や汗を流す。
「あ~あ、やっぱ失敗かぁ~」
 残念そうに椿は呟き、何事もなかったかのようにして自分の席に座る。
「つ、椿ちゃん? やっぱ……って確信犯?」
 優雅は綾さん手作り弁当を開いたまま、恐る恐る聞く。こちらのお弁当はちゃんとした、食べれる物だ。それを聞き、椿は可愛らしい笑みを浮かべた。が、その笑みは天使の微笑みではなかった。まさしく裏暗黒姫、悪魔の微笑みだった。魔女の光臨だ。
「さっ、お弁当を食べましょう!」
 切り返すように鈴菜はパンッと手を合わせると、朝と同じようにメロンパンを食べ始めた。
「そ、そうですね」
 それに続き、浩也もお弁当を出す。浩也のお弁当はお重箱に入っており、何とも和風な感じだった。
「姫は何やっても可愛いよなぁ~」
 総司は椿の頭を撫で、先程、手下共に買ってきてもらったパンにかじり付く。
「本当? ありがとう、総ちゃん」
 椿はニッコリ笑い、自分のお弁当を普通に食べた。何故、椿が平気でいるかというと、彼女は味音痴な為、何でも食べれるのだった。茜を省いた五人はそれぞれたわいもない会話をしながら昼食を食べていた。ふと、鈴菜は仲良さそうに話しをする椿と総司を見て小さくため息を吐く。
「まったく、あの二人はいつもそうね」
「仲が良いですよねぇ~」
「ってゆーより、あの二人って恋人同士な訳?」
 浩也に続き、優雅は首を傾げて視線の先にいる椿と総司を見る。はたからみたら本当に仲の良いカップル? だ。
「どうなんでしょうか?」
 浩也は、お茶をズズズッと飲みながら優雅とは反対方向に首を傾げる。
「あの二人は付き合ってないわ。たんに総司が椿に対してかなり優しいのよ」
「「あぁ~」」
 鈴菜の淡々とした口調に浩也と優雅は声を合わせて納得した。確かに、総司は椿だけには優しいのだ。茜と比べるのなら月とスッポンのようなもの。
「そいじゃぁ、椿ちゃんは総司のことどう思ってるのかな?」
「さぁね、まぁ分かるのは嫌いではないってことしょうね。椿は嫌なヤツにはとことん冷たい態度をとるから……」
 そう言い、鈴菜は浩也から入れてもらったお茶を飲む。優雅はふーん、と言ったように頷いていたが、ん? と思った。
「鈴菜しゃん? 何でそこまで知ってるの?」
 すると鈴菜はフッと笑った。まぁ、笑ったといってもほんの微かだが……。この表情の変化に気付くのはBlack List達だけだろう。
「私に不可能はないわ」
 自信満々の鈴菜はお茶を飲み終わると、パソコンを開き、カタカタと何かを打ち出した。頭脳明晰な鈴菜には分からないことは何もないのだ。
「流石は鈴菜さんですねぇ~」
「ジロー、そういうもん?」
「そういうもんですよ」
 ニッコリと笑う浩也を見て、優雅は何も言えなかった。この笑顔はある意味、有無を言わせぬ力を持っている。






 そして、五人がようやくお昼を食べ終わった頃、何かが動いた。モゾモゾと動き、ゆっくりと這い上がって来る。
はたから見れば、幽霊のようだ。それに気付いた椿は笑顔で言った。
「茜ちゃん~。お帰り~」
「フフフ……、三途の川と綺麗なお花畑が見えてしまった……」
 そこまで言うと、茜はダラーンと机に突っ伏す。力尽きたようだ。それを見かねた浩也が茜にお茶を入れてあげる。
「茜さん、お茶どうぞ」
「ありがとー」
 力無く茜は良い、お茶をゆっくりと飲む。そんな茜を見て総司は軽く舌打ちをすると言った。
「そのまま帰って来なければよかったんじゃねぇのか?」
「ぬぁんですってぇ!!」
 総司の暴言に茜、復活。ある意味すごいことだ。この様子からいくと、またこの二人のケンカが始まってしまう。そう確信した浩也は茜が暴れる=何かをなげつける=自分の湯飲みがまた割れる。という方程式が出来上がってしまった。おろおろとしてそのケンカを止めようとするが、止められるハズもない。
「バカは死ななきゃ治らないっていうけど、お前の場合は死んでも無理だな」
「キーーーッ! マジ、ムカツク!!」
 茜は手っ取り早く湯飲みを投げようとしたが、浩也の言葉が瞬時に、頭に浮かんできた。
『何度目ですか? 自分の湯飲みを割ったのは……? これでも怒ってるんですからね』
 そう言われたのだ。力を入れた湯飲みを起き、茜は代わりの物を探す。そして目に飛び込んできた物。それは椿が自分の為に作ったという、死のお弁当だった。何の躊躇もなく茜はそれを掴むと総司へと投げつけた。が、総司はいつものことながらヒョイッと避ける。
目標物を失った死のお弁当はそのまま飛んでいき……ボトンッと水槽の中に入ってしまった。
「あ゛っ!!」
 茜は、やってしまった!! と顔を歪ませる。が、その考えもすぐに吹き飛んでしまった。
 ジューッと不気味な音をたて、透明だった水槽の水はあっという間に濁ってしまったのだ。中にいた金魚達はプカプカと力無く浮いている。その光景に、椿意外のクラス全員が唖然となった。
「い、今のは……」
 冷や汗を出す茜。
「姫、一体何を入れたんだ……?」
 引きつった笑みを浮かべている総司。
「うっわー、金魚みんな死んでるよー」
 水槽の中を覗き込む優雅。
「湯飲み、投げられなくてよかったですよー」
 ホッと息を吐いて安心している浩也。
「腕を上げたわね、椿………」
 パソコンを打つ手を止めずに言う鈴菜。そして……。
「おっかしいなぁ~、普通に作ったハズなのに~???」
 首を傾げて、うーんと悩む裏暗黒姫の椿。
 普通に作ったら絶対にあんなのにならないっ!! と二年E組の生徒の心の声が同じになった。
「あっ、みんなにもクッキーあるから食べてね」


新たな恐怖が始まるのだった…………。 
                                                                                                          ≪千鶴≫↑






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